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2018.01.02 Tuesday

slow learner #57

 

"Something is gone.  Gone forever."

 

"Nothing is gone.  It only changes."

 

 

映画『ライム・ライト』

チャーリー・チャップリン

 

 

 

 

新年明けました。本年も忘れた頃に地味〜に更新してゆく予定でございます。

1月は佐藤博さん、1977年のアルバム『Time』から、名曲「山手ホテル」にトライの巻。 

 

 

昨年、おもいがけないことがありました。以前取りあげた佐藤博さんの "You're My Baby" に(http://antimuzica.oval.moo.jp/?eid=1397560)、佐藤さんのご兄弟からコメントをいただいたのです。ブログ再開以降はコメント欄を閉じていたのですが、わざわざ過去の記事からコンタクトをとってくださいました。その際はほんとにお手間取らせて申し訳ありませんでした。

 

 

そのやり取りの中、ブログで私が佐藤さんの 「山手ホテル」が大好きだと書いていたことに触れ、光栄にも、「あなたの唄う『山手ホテル』が聴いてみたい」との過分なお言葉。こんな機会は二度とないと、二つ返事でお受けさせていただいたのですが、いや、これがなかなかに大変でありました。

 

 

結論から申し上げると、私の実力であのマジカルな音世界に迫るのは不可能でした(泣)。途中であきらめて、大枠ではオリジナル・アレンジをコピーしつつ、自分で演奏出来るレベルに換骨奪胎して組み立てることでなんとかまとめています。うーん、原曲はほんとうに良い曲なんです。こんなものではないんです。まだお聴きでない閲覧者のみなさま、是非アルバム『Time』を買って体験していただきたい!

 

 

ボーカル、コーラスもキーを変えてみたり、いろいろ試してみましたが、悲しいかなこれが限界です。佐藤博はいわゆる「上手い歌手」ではありませんが、歌い手として一番大切なことである、独自の「ボイス」を持っています。彼のボーカルが持つ不思議な色気には余人に替えがたい存在感があるのです。たとえば、ニール・ヤングの曲をどんな歌手が唄っても御本人にはかなわないように。愛ゆえの狼藉でございます。何卒、太く鷹揚にご容赦のほどを。

 

 

今回、この機会を与えてくださった、佐藤淳さんには改めて感謝いたします。私には何の影響力もありませんが、こういった草の根からの動きが、故・佐藤博さん再評価の一助になればと、ファンとして微力ながらお祈りする次第であります。

 

 

「山手ホテル」では、交錯する時間軸の中で、かつて心を通わせあったはずの女性のうしろ姿が、「山手ホテル、君は振り向かない」という素敵なリフレインとともに淡々と唄われます。かつて二人の間には、" Something " が確かに存在したはずなのに、それはもう消えてしまった。けれども、そんな過ぎ去った時間をつなぎあわせることではじめて、人は「人間」になるのだと思います。

 

 

「大切なものは消えてしまった。永遠に」

 

「何も消えてなんかいないよ。それはただ変わるだけだ」

 

 

2018年が、閲覧者のみなさまにとってよき年でありますように。

 

コメント
ポールがソロアルバムだしてからはリアルタイムでビートルズ二位対する関心がなくなり、あまりきかなくなりました。ポールのバラードで一番好きなのは「初期の
till thera was you]]です。
最近衛星放送でキャロルキングのロンドンライブを見ました。
名盤タペストリーが発馬された71年は二十歳の大学生でした。私はこのぁアルバムにゾッコンで、私もピアノを練習しょうとしましたが、ここが兄と私の根性の差が大きいところです。兄は3年の独修を経て大阪のナイトクラブで武者修行はじめたころです。その翌年に上田正樹とバンドを組んだのです。




  • 佐藤淳
  • 2018.03.04 Sunday 22:41
兄上の貴重なエピソード、ありがとうございます。私も鍵盤は二十歳過ぎて自己流で覚えましたが、基礎がなっていないのでアドリブが効きません。練習しても、どうしても自分に甘くなってしまいます。大成する人は集中力が違いますね。

"Till There Was You"、私も好きです。R&R以前の、ジャズエイジの音楽も自家薬籠中のものにしているのは、ポールの強みのひとつでしょうね。ちなみに、私はジョンが死んだ後にビートルズを知った世代なので、ポールのバラードで個人的に思い出深いのは、1984年の "No More Lonely Nights" だったりします。
  • ムジカ堂主人
  • 2018.03.06 Tuesday 23:04
この前は誤字脱字の多いひどい文章で誠に申し訳ありませんでした。
ちゃんと確認しないで失礼なことを致し、お詫び申しあげます。
「サムシング」、ジョージハリスンが一番輝いていたときですね。
ちなみにジョージハリスンで一番好きな曲は「While My Guitar Gently Weeps」です
 改めて思いますのは、この曲でもそうですが、サージェントペーパあたりから格段にうまくなったと思われるポールのベースラインの見事さです。
やはり作曲の才能のある人は音の選びがいいですね。
 私がポールのベースのうまさに注目するようになったのはサージェントペーパーのWith a Little Help from My Friends . からでしょうか。
実際ポールだけではなく、ジョージハリスンの間奏のギータープレイも的確でしたし、
ジョンのリズムギターもよく、すごいと思ったのは、リンゴのドラムも革新的だったことです。リボルバーのタックスマンあたりから変化しだし、あのジョンの「アイムダ ウオーラス、の革新的なドラミングやカムツゲダーのかっこよさなど枚挙にいとまありません。、本当にビートルズはミュージシャンとしてもすばらしかったですね。
 思い出しますのは、兄が東京に出て、半年ほど村井邦彦さんのところで居候させてもらい、吉田美奈子の{MINAKO」というアルバムのプロデュースをした時のことです。
そのとき作曲した『レインボーシーライン』の演奏で高水健二のベーステクニックを兄は絶賛しておりました。それと同時にこの曲での鈴木茂のギタープレイも絶賛しておりました。実際演奏者によって曲の魅力が3倍も5倍にもなるという事実を私はこの曲によって教えられました。本当にこの曲は今聴いても、高水健二と鈴木茂がいかに驚異的な演奏をしているかが、聴けば聞くほど納得します。 このあたりから私もミュージシャンのプレイを音の選び、間、テクニックなどに注視して聴くことが興味深くなりました。

爺の記憶のリハビリの介護を強要しているような雑文、失礼つかまつります。
  • 佐藤淳
  • 2018.03.14 Wednesday 21:19
佐藤淳様

佐藤博さんが東京に進出した背景には、アルファの村井邦彦さんが関係していたのですか!なるほど、そこからティン・パン・アレイ系のミュージシャン達とのつながりが深くなっていったわけなのですね。美奈子さんは、僕が聴き始めた頃は半引退状態だったので、情報も少なく、やっとの思いで手に入れた『Flapper』を高校生の頃ずっと聴いていました。『Minako』は90年代初頭ににCD化されてからようやく聴いた想い出があります。僕がいい曲だなと思ってクレジットを見ると、そこにはたいてい ”佐藤博” の名前がありました。「レインボー・シーライン」、「朝は君に」、本当に大好きです。

ビートルズ、そうですね。みんな演奏上手いのですよね。スタジオ・ミュージシャン的な上手さとは違うのですが、4人ともしっかりグルーブをつかまえた演奏で、簡単そうに見えて、いざやってみるとなかなか真似できません。プラス、常識にとらわれない自由な発想がすごい。「あの」かんじを出すのは相当むずかしいです。「サムシング」もあまり上手くいきませんでした(汗)
  • ムジカ堂主人
  • 2018.03.27 Tuesday 11:02
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