2018.01.31 Wednesday

slow learner #58

 

私は映画以外のものは全て敵と見做していたのです。

 

芝居が嫌いだったのも、その為です。スポーツも嫌いでした。

 

スキーも水泳も嫌いだし、冬山にも夏の海にも行った事が無い。

 

私は何のスポーツも出来ないし、何もやる気が無かった。

 

競馬、競輪を見る気も無いし、ボクシングやラグビーの試合にも興味が無い。

 

映画以外の物に興味を持つだけで、それは映画を裏切る事になると思ったのです。

 

 

フランソワ・トリュフォー

 

 

 

 

 

2月にはフライング気味ですが、一足早い slow learner です。今月はタツロー・ヤマシタ・スタディーズから、"Every Night"。1980年、竹内まりやのアルバム『Miss M』用に提供された楽曲。まりやさんバージョンは David Foster によるきらびやかなアレンジが印象的ですが、余分な装飾のないストイックな達郎さんバージョンのほうが私は好きです。鍵盤以外は出来るだけ忠実に”写経”させていただきました。よろしかったらどうぞ。

 


ファンなら誰でも知っていることですが、達郎さんのメディアに対する姿勢は「ストイック」を通り越して「偏屈」。と言っても過言ではありません(笑)。基本的にテレビには出ない、本も出さない、あれだけ素晴らしいライブをしていながらライブ映像もソフト化しない(さすがにこれはなんとかしてほしい!)。とにかく音楽以外のことは極力やらないということを、ここまで徹底しながらポピュラリティーを獲得した人は、世界的にも珍しい気がします。

 

 

近年、ネットの普及によって、達郎さんの音楽はアジアだけでなく世界中で再発見・再評価されているようです。

 

 

かつてバブル期には、金で買ったような『海外進出』がよく見られました。そのような活動が、一体その後どうなったのか?ことの是非は別として、その結末をわたしたちは今はもうよく知っています。その一方、ひたすらドメスティックな活動に専念し、日本人のためのポップスを作り続けてきた達郎さんの音楽が、結果としてグローバルな評価を受け始めている。それは、欧米のマス・マーケットで成功することとは意味合いが違うことではありますが、長いスパンで見ればもっと大きな変化の兆しのひとつの現れなのだと思います。

 

 

Ed Mottaのようなブラジル人アーティストが、ライブで ”Windy Lady" を(しかも日本語で!)取りあげている映像を、YouTubeで見つけたりすると本当に感慨無量です。「日本人に生まれてよかった!」などと、日頃うっちゃっているナショナリズムがひょいと顔を出して来たりして、なんだかお尻がむずがゆいような面映い心持ちになります。必要なのはユニバーサルなマインドであって、”形”のために”本質”を見失っては意味がないということなのかもしれません。音楽に限った話ではありませんね。色々考えさせられます。

 

 

このつづきは満月の夜に

 

2018.01.02 Tuesday

slow learner #57

 

"Something is gone.  Gone forever."

 

"Nothing is gone.  It only changes."

 

 

映画『ライム・ライト』

チャーリー・チャップリン

 

 

 

 

新年明けました。本年も忘れた頃に地味〜に更新してゆく予定でございます。

1月は佐藤博さん、1977年のアルバム『Time』から、名曲「山手ホテル」にトライの巻。 

 

 

昨年、おもいがけないことがありました。以前取りあげた佐藤博さんの "You're My Baby" に(http://antimuzica.oval.moo.jp/?eid=1397560)、佐藤さんのご兄弟からコメントをいただいたのです。ブログ再開以降はコメント欄を閉じていたのですが、わざわざ過去の記事からコンタクトをとってくださいました。その際はほんとにお手間取らせて申し訳ありませんでした。

 

 

そのやり取りの中、ブログで私が佐藤さんの 「山手ホテル」が大好きだと書いていたことに触れ、光栄にも、「あなたの唄う『山手ホテル』が聴いてみたい」との過分なお言葉。こんな機会は二度とないと、二つ返事でお受けさせていただいたのですが、いや、これがなかなかに大変でありました。

 

 

結論から申し上げると、私の実力であのマジカルな音世界に迫るのは不可能でした(泣)。途中であきらめて、大枠ではオリジナル・アレンジをコピーしつつ、自分で演奏出来るレベルに換骨奪胎して組み立てることでなんとかまとめています。うーん、原曲はほんとうに良い曲なんです。こんなものではないんです。まだお聴きでない閲覧者のみなさま、是非アルバム『Time』を買って体験していただきたい!

 

 

ボーカル、コーラスもキーを変えてみたり、いろいろ試してみましたが、悲しいかなこれが限界です。佐藤博はいわゆる「上手い歌手」ではありませんが、歌い手として一番大切なことである、独自の「ボイス」を持っています。彼のボーカルが持つ不思議な色気には余人に替えがたい存在感があるのです。たとえば、ニール・ヤングの曲をどんな歌手が唄っても御本人にはかなわないように。愛ゆえの狼藉でございます。何卒、太く鷹揚にご容赦のほどを。

 

 

今回、この機会を与えてくださった、佐藤淳さんには改めて感謝いたします。私には何の影響力もありませんが、こういった草の根からの動きが、故・佐藤博さん再評価の一助になればと、ファンとして微力ながらお祈りする次第であります。

 

 

「山手ホテル」では、交錯する時間軸の中で、かつて心を通わせあったはずの女性のうしろ姿が、「山手ホテル、君は振り向かない」という素敵なリフレインとともに淡々と唄われます。かつて二人の間には、" Something " が確かに存在したはずなのに、それはもう消えてしまった。けれども、そんな過ぎ去った時間をつなぎあわせることではじめて、人は「人間」になるのだと思います。

 

 

「大切なものは消えてしまった。永遠に」

 

「何も消えてなんかいないよ。それはただ変わるだけだ」

 

 

2018年が、閲覧者のみなさまにとってよき年でありますように。

 

2017.12.04 Monday

Slow Learner #56

 

Keep Calm

 

and

 

Carry On

 

 

The British Goverment (1939)

 

 

 

 

師走でございます。だからというわけでもないのですが、今月は、”はっぴいえんど” のデビュー・シングル「12月の雨の日」を取り上げました。鈴木茂さんのギターが炸裂するイントロがとにかく最高です。一度ちゃんと弾いてみたかったのだ。なにとぞ許していただきたいのだ。

 

 

テンポを落とした、よりヘビーな演奏のアルバム・バージョンもよいのですが、やはりこの曲は大瀧さんの12弦ギターが活躍するシングル・バージョンでしょう。ただ、どちらにも思い入れがあるので、今回は自分の好きな部分をパッチワークしました。細かすぎて伝わりませんか。そうですか。

 

 

”はっぴいえんど”といえば Buffalo Springfield からの影響というお話になるわけですが、冒頭のAmからC-GをはさんでDに着地するコード・リフの元ネタは、おそらく Buffalo の『Last Time Around』に収められている「Questions」あたりではないかと思います。いかにもスティーブン・スティルスらしいドリアン・モードの響きが聴ける曲ですが、こちらはDからはじまってAm-C-Gと展開します。これをひっくりかえしてAmはじまりにした時、大瀧師匠は「バッファローがわかった」のではないでしょうか。

 

 

そしてそこに、並みのギタリストならばAmペンタでブルースの真似事をしてしまうところを、「これはドリアンの曲なんだ」ということを完璧に理解した鈴木茂さんのメロディックなギターが乗っかった時、この名曲が誕生したのですね。当時二十歳そこそこの茂さんが、そこまで楽理を理解していたかどうかはわからないのですが、なんだかわからないけど出来てしまうのが天才というものなのでしょう。

 

 

ワイルドなテーマ部分とフォーキーなバース部分とのバランスもユニークです。バースからは、大瀧さんのルーツのひとつである、初期ビージーズ的な叙情性も見え隠れしています。後の『A Long Vacation』での成功を予見させる、大瀧師匠の歌手としてのポテンシャルの高さを感じます。ほんとうに唄の上手い人でした。

 

 

今年も、駄文に一年間おつきあいありがとうございました。

稀少な閲覧者のみなさま、どうかよい年末年始をおすごしくださいませ。

このつづきは満月の夜に

2017.11.04 Saturday

Slow Learner #55

 

「しかしこれからは日本も段々発展するでしょう」

 

と弁護した。

 

すると、かの男は、すましたもので、

 

「亡びるね」といった。

 

 

夏目漱石

『三四郎』

 

 

 

 

今月の slow leaner はタツロー・ヤマシタ・スタディーズにもどって、1983年のアルバム『メロディーズ』からB面3曲目、”あしおと”であります。難波弘之さんが奏でるハモンド・オルガンの響きが印象的な、ファンの間では隠れた人気曲です。アルバムの中では、”メリー・ゴーラウンド”、”Blue Midnight”と来た流れを、”黙想”〜"クリスマス・イブ”へとバトンをつなぐ重要な役割を果たしています。地味なんだけど、この曲があるのとないのとでは大違い。野球選手でいうと、巨人の川相とか、ヤクルトの宮本みたいな。たとえが古いですか。そうですか。

 

 

達郎さんのギターはむずかしいことは何もしていないのですが、かゆいところに手が届く、ツボを押さえた演奏です。いつもの的確なリズム・カッティングだけでなく、クリーン・トーンによるリード・プレイもぐっときます。Staxのスティーブ・クロッパー、Hiのティーニー・ホッジス、American Soundのレジー・ヤングといったメンフィスやナッシュビルのスタジオ・ミュージシャンからの影響を感じさせる、訥々としたプレイが曲想にベスト・マッチ。こういういなたいギターって、簡単に弾けそうでなかなか弾けないんです。憧れます。

 

 

 

2017年もあとわずかです。季節の変わり目、体調管理にお気をつけくださいませ。

このつづきは満月の夜に

2017.10.06 Friday

Slow Learner #54

 

我々の生活に花が必要ならば、なぜですか?

 

 

その理由ははっきりしています。「花はしおれる」、「花の命は短い」からです。

すぐに死んでしまうもの、そいうものを僕たちは必要としてるんです。

 

 

加藤典洋

『考える人生相談』

 

 

 

 

10月の slow learner は、ニック・ロウの "Cruel To Be Kind" をとりあげてみました。

バックはもちろん言わずもがなの、泣く子もニッコリ、ロックパイルの面々。

ビリー・ブレムナーのギター、大好きです。

 

 

学生の頃、やりたくてもむずかしすぎて実現しなかったロックパイルのコピー・バンド。

ひとりぼっちのスタジオ状態で頑張らさせていただきました。よろしかったらどうぞ。

 

 

ゆくゆくはニック・ロウみたいな白髪のおじいさんになりたいなあ。

などとたわいもないことを考えているうちに秋は深まってゆくのであります。

 

 

このつづきは満月の夜に

 

2017.09.06 Wednesday

Slow Learner #53

 

「なぜなら、なんの疑問も抱かずひたすら従うなんて

 

心のない人間にしかできないことだ」

 

 

映画『Pan's Labylinth』

 

 

 

 

 

今月はなぜか唐突にエリック・クラプトン。1971年、デレク&ザ・ドミノスの『いとしのレイラ』からA面1曲目 " I Looked Away" です。ストラトの音作りとギターの練習のためにやってみたら、思ったよりもうまくいったのでかたちにしてみました。クラプトンのチョーキング・ヴィブラートはやっぱりきれいですね。とてもとてもあんな風にはいきません。ピッチのあまいところは何卒大目にみてくださいませ。

 

 

C-Dadd9-G7と来て、E7-Amを挟んでF-D7(onF#)-Gという、綺麗なコード進行。G7の押さえ方がちょっとした肝になってまして、6弦オミットの5弦から2フレ、3フレ(もしくは開放)、開放、3フレ、1フレといった並びです。3度ルートのG7みたいな解釈です。サビのAm7-B♭sus4の動きも、B♭のベースがFで、B♭sus4(onF) とオープンな響きになっているのがさりげなくよいかんじです。このパートはあまりギターっぽくない発想なので、おそらく鍵盤を担当している共作者ボビー・ウィットロックのアイデアなんだと思います。

 


このアルバム『Layla... and assorted love songs』が、名曲「いとしのレイラ」を筆頭に、当時ジョージ・ハリスンの奥方だったパティ・ボイドに捧げられているのはあまりにも有名なお話。基本的には、親友の妻への道ならぬ恋の喜びと苦しみとの間で引き裂かれる葛藤を唄っています。この ”I Looked Away" もざっと意訳すると「彼女はいつも気持ちを伝えようとしてくれていたのに、俺はそれに気づかなかった。彼女が去ってはじめて自分がどんなにさみしい男かに気づくなんて、俺はなんて愚か者なんだろう」といったような内容です。クラプトンみたいな二枚目が唄うと、ま、これが絵になるわけです。

 

 

注目すべきは二廻り目のサビの歌詞です

 

 

And if it seemed a sin
To love another man's woman, baby,
I guess I'll keep on sinning
Loving her, Lord, till my very last day.

 

 

ここでの "another man's woman" が指し示すのは、端的にパティ・ボイドのことです。「もし、他人の妻である彼女を愛することが罪だというのなら。神よ、私はいまわの際まで罪人であり続けるだろう」というこの感動的なラインに、パティもほだされてしまったわけですが、すこし見る角度を変えてみると、この "another man's woman" は「ブルースやゴスペルといった黒人音楽」のメタファーとしても聴こえてこないでしょうか?

 


ね、そう解釈すると、この歌詞は彼の現在にいたる音楽人生の歩みそのものじゃないですか。「白人である自分がブルースを演奏することが、ブルースを黒人から奪うことだとしても、俺はその罪を背負ってブルースを死ぬまで愛し続けるのだ」という、彼の決意表明のように私には聴こえます。クリーム、ブラインド・フェイスを経て、本当の意味で自分を表現できる音楽スタイルにたどりついた、クラプトンの充実した心境も反映していたのかもしれません。アルバム『レイラ』各曲をたんねんに聴きなおすと、その静かな決意が全体の隠れたテーマにもなっていることがわかってきます。このアルバムはもちろん、ラブソングとしてもすぐれているわけですが、色恋沙汰の苦しみをこういった実存的葛藤のレベルまで昇華できたからこそ、現在にいたるまでわたしたちをひきつけてやまないのです。

 

 

私生児として生まれ、祖父母を両親として育った複雑な生い立ちも影響しているのでしょうか。クラプトンは常に「運命に引き裂かれる状況」にある時、傑作をものしてきたように見えます。そのことが、「ゴシップねたで商売する人」といった批判をまねいたりもしました。ですが、「引き裂かれたもの」として運命に立ち向かう彼の姿は、人間がどうしようもなく人間であることの、ある「本質」を突いています。それがわれわれ聴き手の無意識を揺さぶるのです。クラプトンがこんなにも愛されてきた理由のひとつがそこにあるような気がします。

 

 

たとえ最終的にはその運命を受け入れるしかないのだとしても、神が定めた運命にあらがう者。それが人間です。「永遠に矛盾の中で引き裂かれる者」それがわたしたちの名前なのです。

 

 

このつづきは満月の夜に

 

2017.08.08 Tuesday

slow learner #52

 

「自分でやって失敗するほうが、他人の力で成功するより価値がある」

 

 

ロバート・スミス

(The Cure)

 

 

 

 

 

暑中お見舞い申し上げます。8月もひきつづきタツロー・スタディーズ。1976年のソロ・デビューアルバム『Circus Town』より、タイトル・トラックの "Circus Town" 。チャーリー・カレロのアレンジによる表情豊かなストリングスとブラスが見事です。
 

 

アレンジ全体の方向性は70年代ノーザン・ソウル的なものですが、どことなくカレロが60年代にローラ・ニーロと組んだ『イーライ』あたりも連想させます。このへんは達郎さんの狙いどうりですね。ドラムはアラン・シュウォルツバーグ、ベースはまだ無名時代のウィル・リー、ギターはジョン・トロペイだし、サックス・ソロはルー・マリーニといった豪華メンバー。いつにもまして、ひとりでやるには無理ありすぎなわけですが、頑張らさせていただきました。迷惑ですか。ですよね。生まれてすみません。トカトントン。

 

 

ギターは全部テレキャスターを使いました。初めて自分の金で買った78年製のテレキャスターです。改造を繰り返して酷使してきたため近年は引退状態だったのですが、オーバーホールしてここ2年くらいほぼ毎日触っていたらだんだん「鳴る」ようになってきました。

 

 

「鳴る」というのはギター人種がよく使うオカルト表現なのですが、べつに、ある朝起きたら、「普通のギター」が「金のギター」になっていたりするわけではありません。そうではなく、弾き手とギターとの『関係』が変化しはじめると、お互いに好循環が起こることがあるわけです。弾き手のギターとの接し方に無駄がなくなってインターフェースの質が向上すると、良いフィードバックが起こって互いのポジティブな部分が引き出せるようになるのですね。ある意味「鳴っている」のは弾き手の方でもあるわけです。

 

 

一般には「演奏が上手くなる」ということは、「楽器をコントロールする」ことだと考えがちですが、それは違います。コントロールの対象となっているのはむしろ「自分」です。そのために機械的な基礎練習をくさるほどやるわけです。なんでそんなつまらないことをえんえん積み重ねるかというと、それは楽器と自分との間に「共通のボキャブラリー」を持つためです。言葉の通じない無機物との間に、コンセンサスをつくる努力をすることが「練習」なのです。それが一定のしきい値を越えると、外からはあたかも「楽器をコントロール」しているがごとく自由に演奏しているように見えるようになります。ですが重要なのは、その時変わっているのは「楽器」ではなく「自分」だという点です。楽器演奏の醍醐味は、演奏することをつうじて演奏出来る主体へと「自分」が変わってしまうことです。楽器によって「わたし」が拡張されることで、それまで正しいと思っていた価値観が吹き飛んで、不可逆的に別の「わたし」に変化してしまうことなのです。

 

 

人間のコミュニケーションでも同じです。コミュニケーションの肝は「相手をコントロール」することではありません。「コントロールする」というのは。相手に対して優位に立とうとすることです。みもふたもないことを言ってしまえば、それは自身の劣等感の裏返しなのです。ですから、相手を思いどうりにしたいといった気持ちが強くなればなる程、その影もどこまでも長く伸びていくことになります。たまさか成功して一時の全能感に酔いしれたとしても、すぐ足下には劣等感の無間地獄が口を開けているのです。

 

 

大切なのは「フィードバックが起こる関係性を作る」ことです。そのためには、相手に「自分をどれだけ投げ出せるか」が鍵になります。「わたし」の中に「あなた」を組み込んで、あたらしい「わたし」をつくりだすことが出来れば、結果としてコントロール状態は達成されます。しかし、その状態を「わたし」はコントロールしているわけではありません。そのような主体はもはや存在しません。その時出現している「わたし」は、その状態が達成される前の「わたし」とは、すでに違う「わたし」だからです。

 

 

「わたし」は変わることができる。そのことこそが救いであり、私たちがパンドラの箱を開けたあと最後に残っていたものです。もしそうではなかったとしたら、このたちの悪い冗談のような世界を生きていく意味など、いったいどこにあるというのでしょうか?

 

 

テレキャスターからずいぶん話が脱線してしまいました。

いや〜、楽器ってほんとにおもしろいもんですね。トカトントン。

このつづきは満月の夜に

 

2017.07.09 Sunday

slow learner #51

 

"Life's a piece of shit, when you look at it"

 

モンティー・パイソン

 「Always Look On The Bright Side Of Life」

 

 

 


いや、よく降りますね。稀少な閲覧者のみなさま、お変わりありませんでしょうか?気分は停滞低気圧、ムジカ堂主人でございます。7月のタツロー・ヤマシタ・スタディーズは一足先に夏モード。1983年のアルバム『Melodies』から “Guess I'm Dumb" であります。あいかわらず一人で「あーでもない、こーでもない」と地味にやっとります。よろしかったらどうぞ。

 

 

オリジナルは、ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンのプロデュースによるグレン・キャンベル1965年のシングル。ヒットはしませんでしたが、ポップスおたくの間ではブライアンの隠れた名曲として有名です。ラス・タイトルマンによる「君がいないとダメダメな僕」路線の歌詞もブライアンらしくて◎。わたくし世代だと、1988年のルイ・フィリップによるカバー・バージョンもなつかしい。詳細はwikiでどうぞ。

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Guess_I%27m_Dumb

 

 

達郎さんは例によって「カバーはオリジナル・アレンジでやって勝てなきゃダメ」というポリシーをここでも有言実行。通常ステレオ・ミックスの場合スネアやハイハットは左右どちらかに多少ずらして定位するのですが、この曲ではどっしりとセンターに配置。これはおそらくオリジナルのモノ・ミックスの音圧感を再現するためだと思われます。反面、タムやパーッカションは大胆に左右に振り分けてステレオ感を演出していますね。イントロのベースによるスラップも非常に効果的。このへんの温故知新のバランス感覚はじつに見事です。

 

 

閑話休題。

 

 

精神衛生上の理由からコメント欄はずっと閉じてきたのですが、ちょっと考えが変わりました。承認制ですがコメント欄を開くことにいたします。誹謗中傷、罵詈雑言、罵倒、嘲笑、なんでもOKです。非難されても、「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」などという無粋なことは申しません。さくっと削除・ブロックいたします。気が向いたらお気軽にお声をおかけくださいませ。よろしくおねがいいたします。

 

 

このつづきは満月の夜に

2017.06.09 Friday

slow learner #50

 

「おとなは、大事なことはひとこともしゃべらないのだ」

 

 

向田邦子

『あ・うん』

 

 

 

 

6月もひきつづきタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。1980年のアルバム『Ride On Time』から "夏への扉”です。モチーフとなっているハインラインの同名小説ともども、とても思い入れの深い曲であります。以前トライしてみた時はかなり不本意な仕上がりだったので今回再チャレンジしてみました。唄はまあ、あれですけれども、演奏はだいぶまともになってきたと思います。よろしかったらどうぞ。

 


そもそもタツローさんの研究を始めたのは、数年前にこの曲をコピーしてみたのがきっかけでした。なんとなくやりはじめたら、止まらなくなってしまったかんじです。あらためて全アルバム全曲を聴きなおして簡単な譜面に起こし、その見取り図をもとにどんなアレンジになっているか各パートを細かく調べながらやってますが、やればやるほどあたらしい発見があります(それに比例してわからないことも増えてしまうのですが)。

 

 

たとえばこの曲の場合、3時の位置に薄くクラベス(拍子木)があるのですが、これがけっこう曲全体の印象を左右しているのですよ。この音が4拍目、バックビートの位置で鳴っているのといないのとではグルーブの表情が一変してしまう。そして、その深めにかかったエコーの響きに誘われて、聴き手は知らず知らず各々の心の中にある「夏」へと想いをはせるのです。

 

 

手を伸ばせば届きそうな逃げ水のようにわたしたちの指からこぼれ落ちてゆく、かつてたしかに手にしていたはずの見果てぬイノセンスの後ろ姿を胸に。

 

 

あ、いかん。またよけいなこと言ってしもうた。

このつづきは満月の夜に

 

2017.05.11 Thursday

slow learner #49

 

 

「たとえ予算がなくても、技術と情熱さえあればいい映画はつくれる。

 

情熱だけではダメですよ。技術がないと」

 

 

高橋ヨシキ

(映画評論家/デザイナー)

 

 

 

 

The Waterboys のマイク・スコットがろくでなし子の旦那だと知り、軽いショックを受けているムジカ堂主人です。いやー、グローバル化ってほんとうにガンガン進んでいるのですね。そりゃ、フランス人だってルペンに投票したくもなるわ。そんな世間もどこ吹く風、今月も slow learner はタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。というか、当面これしかやりません。今となってはどこの誰かも誰でもみんな知っている、Sugar Babe でのデビュー曲 "DownTown"にトライ。

 

 

ドラムにはシンプルなパターンを叩かせ、後からハットとタムをダビングすることで、独特のシャッフル感を出しています。クレバーですね。大瀧・笛吹銅次・詠一氏の手によるオリジナル・ミックスはバンド全体のグルーブ重視のためか音の分離があまりよろしくないので、判別出来ないパートは自分なりに組み立ててみました。こまかいことよりも、オリジナルのわくわくするようなグルーヴ感に可能なかぎり忠実な演奏をするようこころがけてやってます。どうぞ気持ちだけくんでやってくださいませ。

 

 

Sugar Babeのギタリスト、村松邦男さんは「曲にとってベストなフレーズ」を的確にこなすタイプ。ビートルズにおけるジョージ・ハリスン的な立ち位置ですね。特にこの曲はこのギターなしでは成り立ちません。じつによく考え抜かれています。あの超有名なイントロも、ほんとにちゃんと弾こうと思うとこれが結構むずかしい。リズムや右手のコントロールなど、基礎がしっかりしていないと、なかなかきれいに決まりません。

 

 

中間のギター・ソロ、オーバー・チョーキング気味の導入部が何回聴いても大好きです。クールに見えても内には情熱を秘めているのが伝わってきます。タツローさんの唄も「たそがーれ」の「が」の発声が、「んが」と鼻濁音になる以前のシャウト気味の「が」で、これがよいのです。若気の至りというか、暴走する青い性というか、山下達郎の隠れヤンキー体質が垣間見える資料としても重要な一曲であります。

 

 

 

IMG_0510.JPG

 

 

IMG_0512.JPG

 

 

最後にちょっと機材紹介。この録音にも使っているストラトキャスターです。Ska☆Rockets のヘルプをやっていた頃、中古で6万くらいで入手。もとはレースセンサーがついてました。50th anniversaryのシールが貼ってあるので、1996年製のストラト・プラスだと思います。黒だったボディーをフィエスタ・レッドにリフィニッシュした時に確認したら、ボディーは5ピース貼り合わせでした(泣)。楽器としてはまあ値段相応のものですが、道具としては十分 ”使える” ギターです。特にネックが弾きやすくて気に入ってます。ローラー・ナットとスパーゼルのペグのおかげで、チューニングやピッチが比較的安定しているのもよいところ。軽いし、ライブでは御世話になりました。去年トレモロ・スプリングを試しに Raw Vintage のものに替えたら好みの音に近づいたので、そのうちブリッジやトレモロブロックも古いタイプに替えたいなと思っています。

 

 

このつづきは満月の夜に

 

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