2018.05.29 Tuesday

slow learner #62

 

We do what we're told

 

We do what we're told

 

We do what we're told, told to do

 

 

ピーター・ガブリエル

『We Do What We're Told (Milgram's 37)』(1986)

 

 

 

 


 ミルグラム博士のアイヒマン実験を地で行く平成大日本国をサバイブしておられます閲覧者のみなさま、お元気でいらっしゃいますでしょうか?今月の slow leaner は、本筋に戻りましてタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。1980年のアルバム『Ride On Time』からB面4曲目の「雲のゆくえに」

 

 

 70年代シカゴ・ソウル・マナーのシャッフル感が心地よい佳曲です。カーティス・メイフィールドの「Back To The World」あたりを連想させるリズム・パターンに乗って、タツローさん伝家の宝刀のファルセットが響きます。例によって、全パート頑張らさせていただいております。つたないファルセットはどうか大目に見てくださいませ。よろしかったらどうぞ。

 

 

 山下達郎、青山純、伊藤広規の鉄壁のリズム・セクションに加えて、キーボードは佐藤博さん。アルバム『Ride On Time』では、この「雲のゆくえ」でのフェンダー・ローズと、「Rainy Day」での生ピ、どちらも見事な演奏が堪能できます。うねるような白玉のグルーブ感と、合間に入るちょっとしたオブリで曲のムードを決定づけてしまう卓越したセンスが、鍵盤奏者としての佐藤さんの凄いところ。わたくしの技量では通して演奏するのは無理なので、セクションごとに毎日ちょっとずつ、ちょっとずつやりました。

 

 

 「超タイトなんだけどスウィングしている」という、青山純&伊藤広規のリズムセクションの特質がよくわかる、タツロー・ファンにとっては地味ながら重要な一曲なのであります。この不世出のリズム隊を得ることで、60sポップスからファンクまで様々な要素のアマルガムである山下達郎の音楽が、統一した質感をそなえることが可能になったのがこの時期。エンジニア・吉田保とのタッグとあいまって、一気にタツロー・サウンドは確立されます。ここから1984年の『Big Wave』まで怒濤の黄金時代がはじまるわけですね。

 

 

いやー、平成も終わるし、80年代もすでに歴史です。「降る雪や 昭和は遠くなりにけり」ですな。

 

 

え、雪なんか降ってない?うむ、「季違いじゃがしかたがない」って、誰が佐分利信やねん!

わっかるかなあ、わっかんねえだろうなあ ... 。昭和ですみません。んがんん。

 

 

 

2018.04.30 Monday

slow learner #61

 

Honesty is such a lonely word

 

Everyone is so untrue

 

Honesty is hardly ever heard

 

and mostly what I need from you

 

 

ビリー・ジョエル

『Honesty』(1978)

 

 

 

 

 風薫る季節でございます。わたくし最近めっきり退行が進んでおりまして、暇さえあれば子どもの頃の音楽ばかり聴き呆けております。今回取りあげたのは、杉真理さんの1982年のシングル、『バカンスはいつも雨』です。当時CMに乗ってTVから流れて来た、そのマージー・ビートへのオマージュにあふれたサウンドは、子ども心にも強いインパクトがありました。SE以外は、例によって全パート頑張ってみました。よろしかったらどうぞ。

 

 

 杉さんは以前インタビューで、「ビートルズとかもう古いよとか、もっと売れ線を狙おうとか、余計なこと考えずに、自分が大好きだった音楽からの影響を隠さず正直にやるのが結局一番大事」といった主旨のことをおっしゃっていました。BOXやピカデリー・サーカスとしての活動含め、現在までその姿勢はまったくぶれていませんね。どんなに年を重ねても杉真理の音楽がいつまでも瑞々しいのは、そういった、自分にウソをつかない「正直さ」をキープし続けているからだと思います。それがファンに対する誠実な態度にもつながっているのでしょう。なかなか出来ることではありません。おなじみのおやじギャグも含めて尊敬いたします。

 

 

閑話休題

 


 人間に出来て人工知能に出来ないことというのがあって、それは「ウソをつくこと」なんだそうです。ことほど左様に「ウソをつく」ことはきわめて人間的な営みなのであり、だからこそ、わたしたちは子どもの頃から「ウソをついてはいけない」と教えられるのです。もしも、みなが欲望のままにウソをつきはじめたら、この社会はもちません。共同体を回していくためには、道義的な意味だけではなく、功利的な観点からも「ウソをつくこと」はタブーなのです。

 


 もちろん、人はウソをつきます。ウソも方便であります。全部ホントばかりだったら息苦しい。人が人であるためには、時にウソをつかなければならない。だからこそ、「自分を大きく見せるためのウソ」や「我が身を守るためだけのウソ」は、極力つつしまなければなりません。ちょっとしたウソを誤魔化すために、新しいウソをつく。そのウソがまた別のウソを呼ぶ。自分でもどこまでが本当で、どこからがウソだったのかわからなくなって、気がつくと雪だるまのようにふくれあがったウソに崖っぷちまで追いつめられている。そんな「ウソの無限ループ」に落ち入らないためにも。

 

 

 「ウソをついてその場を切り抜ける」とか、「とりあえず強弁して勝ったようにみせる」というのは、タコが自分の足を食っているようなものです。本邦エスタブリッシュメントたちの惨状を見るにつけ、「正直であること」、さらに言えば「正直でいられるような環境を作るよう努めること」が、じつは最大のライフ・ハックなのだなとつくづく思います。

 

 

2018.03.31 Saturday

slow learner #60

 

未来へ、あるいは過去へ。

 

思考が自由な時代、人が個人個人異なりながら孤独ではない時代へ。

 

真実が存在し、なされたことがなされなかったことに改変できない時代へ向けて。

 

画一の時代から、孤独の時代から、ビッグブラザーの時代から、二重思考の時代から

 

ごきげんよう

 

 

ジョージ・オーウェル

『1984』

 

 

 

 

 2018年、日出づる「美しい国」からごきげんよう。ダブルスピークの国からごきげんよう。

戦争は平和です。自由は隷従です。改竄は書き換えです。

 

 

 とはいえ、「あれ」をビッグ・ブラザーにたとえるのは、さすがにオーウェルに失礼かも。そういった印象操作はですね、これはまさに印象操作なわけでありまして、いわばわ、私や私の妻がこれは、もし関係していたと、あの野次はやめていただきたい、野次は、いいですか、いわばレッテル貼りはですね、あたかもわたしが隠蔽したかの、あのですね、まさにないことは証明できない、まさに悪魔の証明なんだろうと、とこう思うわけでございまして、いずれにせよ、いずれにせよですね、対話のための対話ではこれはまったく意味がない、わけでありまして、わたくしは立法府の長、でありますから、国民の生命財産を守り抜く!北への最大限の圧力をまさに、まさに最大限かけつづけていく!に、に、にっきょーそ!にっきょーそ!

 

 

閑話休題。

 

 

 今月の slow learner で取りあげるのは、The Beatles。アルバム『Abbey Road』から "Something"。ジョージ・ハリスンの記念すべき満塁場外ホームラン。3分間の魔法です。ピアノにビリー・プレストンを加えたFAB4の面々の演奏は、まさに「This is it !」としか言いようのない名演です。無駄な音は一音もありません。「この時、アビー・ロード・スタジオで4人はどんな気持ちだったろう?」と考えながら演奏するのは、とてもしあわせな時間でした。オリジナルには百億光年届きませんが、よろしかったら御笑覧くださいませ。

 

 

 ただ今回、全パートチェックしてみて最も感銘を受けたのは、ビートルズにおけるもう一人の「ジョージ」の非凡さです。そう、五人目のビートルズ、プロデューサーのジョージ・マーティン。彼のストリングス・アレンジが、この曲の魅力を何倍にも引き出してています。

 

 

 一般的な第一、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのカルテットに、コントラバスを加えた編成で、単なる繰り返しではなく微妙にラインを変えながら、エンディングに向けて表情ゆたかにクレッシェンドしてゆきます。転調パートのカウンターメロディーや、ギター・ソロのバックでのゆったりとした大きなラインも、すべてがコンボの演奏と有機的に絡み合っていて、その美しさにはおもわずため息です。もちろん、4リズムの演奏だけでも曲の良さは十二分に感じられます。それだけでもたしかに素晴らしい曲なのですが、やはり完成版と比べてしまうと画竜点睛を欠くかんじは否めません。この曲が後世に残るスタンダードに化けるための、ジグソー・パズルの最後のワン・ピースを埋めたのは、やはりジョージ・マーティンだったのではないでしょうか。

 

2018.03.02 Friday

slow learner #59

 

ロシア人は自由を求め、自由を論じる。

 

でも与えられても行使できない。自由を知らないから

 

 

映画『ノスタルジア』

アンドレイ・タルコフスキー

 

 

 

 

 

今月のslow learner は Sir. Paul。Wings時代の名盤『Band On The Run』から "Bluebird" 

ビートルズ時代の "Black Bird" の続編ともいえるアコースティックな佳曲です。

リンダのパートまで頑張ってやってみました。よろしかったらどうぞ。

 

 

イントロ無しで唄い始めるオープニングの、アコギのコードは<Gm>。

曲のキーは<E♭>なので、3度マイナーからのはじまりです。

この<Gm>のコードに対して、メロディーが4度の<C>音から始まるのがミソ。

 

 

結果としてアンサンブル全体が sus4の響きになり、独特の浮遊感につながっています。

ポール・マッカートニーは、使っているコード自体はごくごくシンプルなのですが、

メロディーやベースラインとの絡みで洒落たハーモニーを演出するのが抜群に上手いです。

 

 

シンプルなのに飽きがこないマッカートニー・マジックは、こんなとこにも秘密が。

小難しくならずに、あくまでもさりげなくやるとこが憎いですね。さすが、Sir Paul。

 

 

And at last we will be free 〜♪

 

 

このつづきは満月の夜に

2018.01.31 Wednesday

slow learner #58

 

私は映画以外のものは全て敵と見做していたのです。

 

芝居が嫌いだったのも、その為です。スポーツも嫌いでした。

 

スキーも水泳も嫌いだし、冬山にも夏の海にも行った事が無い。

 

私は何のスポーツも出来ないし、何もやる気が無かった。

 

競馬、競輪を見る気も無いし、ボクシングやラグビーの試合にも興味が無い。

 

映画以外の物に興味を持つだけで、それは映画を裏切る事になると思ったのです。

 

 

フランソワ・トリュフォー

 

 

 

 

 

2月にはフライング気味ですが、一足早い slow learner です。今月はタツロー・ヤマシタ・スタディーズから、"Every Night"。1980年、竹内まりやのアルバム『Miss M』用に提供された楽曲。まりやさんバージョンは David Foster によるきらびやかなアレンジが印象的ですが、余分な装飾のないストイックな達郎さんバージョンのほうが私は好きです。鍵盤以外は出来るだけ忠実に”写経”させていただきました。よろしかったらどうぞ。

 


ファンなら誰でも知っていることですが、達郎さんのメディアに対する姿勢は「ストイック」を通り越して「偏屈」。と言っても過言ではありません(笑)。基本的にテレビには出ない、本も出さない、あれだけ素晴らしいライブをしていながらライブ映像もソフト化しない(さすがにこれはなんとかしてほしい!)。とにかく音楽以外のことは極力やらないということを、ここまで徹底しながらポピュラリティーを獲得した人は、世界的にも珍しい気がします。

 

 

近年、ネットの普及によって、達郎さんの音楽はアジアだけでなく世界中で再発見・再評価されているようです。

 

 

かつてバブル期には、金で買ったような『海外進出』がよく見られました。そのような活動が、一体その後どうなったのか?ことの是非は別として、その結末をわたしたちは今はもうよく知っています。その一方、ひたすらドメスティックな活動に専念し、日本人のためのポップスを作り続けてきた達郎さんの音楽が、結果としてグローバルな評価を受け始めている。それは、欧米のマス・マーケットで成功することとは意味合いが違うことではありますが、長いスパンで見ればもっと大きな変化の兆しのひとつの現れなのだと思います。

 

 

Ed Mottaのようなブラジル人アーティストが、ライブで ”Windy Lady" を(しかも日本語で!)取りあげている映像を、YouTubeで見つけたりすると本当に感慨無量です。「日本人に生まれてよかった!」などと、日頃うっちゃっているナショナリズムがひょいと顔を出して来たりして、なんだかお尻がむずがゆいような面映い心持ちになります。必要なのはユニバーサルなマインドであって、”形”のために”本質”を見失っては意味がないということなのかもしれません。音楽に限った話ではありませんね。色々考えさせられます。

 

 

このつづきは満月の夜に

 

2018.01.02 Tuesday

slow learner #57

 

"Something is gone.  Gone forever."

 

"Nothing is gone.  It only changes."

 

 

映画『ライム・ライト』

チャーリー・チャップリン

 

 

 

 

新年明けました。本年も忘れた頃に地味〜に更新してゆく予定でございます。

1月は佐藤博さん、1977年のアルバム『Time』から、名曲「山手ホテル」にトライの巻。 

 

 

昨年、おもいがけないことがありました。以前取りあげた佐藤博さんの "You're My Baby" に(http://antimuzica.oval.moo.jp/?eid=1397560)、佐藤さんのご兄弟からコメントをいただいたのです。ブログ再開以降はコメント欄を閉じていたのですが、わざわざ過去の記事からコンタクトをとってくださいました。その際はほんとにお手間取らせて申し訳ありませんでした。

 

 

そのやり取りの中、ブログで私が佐藤さんの 「山手ホテル」が大好きだと書いていたことに触れ、光栄にも、「あなたの唄う『山手ホテル』が聴いてみたい」との過分なお言葉。こんな機会は二度とないと、二つ返事でお受けさせていただいたのですが、いや、これがなかなかに大変でありました。

 

 

結論から申し上げると、私の実力であのマジカルな音世界に迫るのは不可能でした(泣)。途中であきらめて、大枠ではオリジナル・アレンジをコピーしつつ、自分で演奏出来るレベルに換骨奪胎して組み立てることでなんとかまとめています。うーん、原曲はほんとうに良い曲なんです。こんなものではないんです。まだお聴きでない閲覧者のみなさま、是非アルバム『Time』を買って体験していただきたい!

 

 

ボーカル、コーラスもキーを変えてみたり、いろいろ試してみましたが、悲しいかなこれが限界です。佐藤博はいわゆる「上手い歌手」ではありませんが、歌い手として一番大切なことである、独自の「ボイス」を持っています。彼のボーカルが持つ不思議な色気には余人に替えがたい存在感があるのです。たとえば、ニール・ヤングの曲をどんな歌手が唄っても御本人にはかなわないように。愛ゆえの狼藉でございます。何卒、太く鷹揚にご容赦のほどを。

 

 

今回、この機会を与えてくださった、佐藤淳さんには改めて感謝いたします。私には何の影響力もありませんが、こういった草の根からの動きが、故・佐藤博さん再評価の一助になればと、ファンとして微力ながらお祈りする次第であります。

 

 

「山手ホテル」では、交錯する時間軸の中で、かつて心を通わせあったはずの女性のうしろ姿が、「山手ホテル、君は振り向かない」という素敵なリフレインとともに淡々と唄われます。かつて二人の間には、" Something " が確かに存在したはずなのに、それはもう消えてしまった。けれども、そんな過ぎ去った時間をつなぎあわせることではじめて、人は「人間」になるのだと思います。

 

 

「大切なものは消えてしまった。永遠に」

 

「何も消えてなんかいないよ。それはただ変わるだけだ」

 

 

2018年が、閲覧者のみなさまにとってよき年でありますように。

 

2017.12.04 Monday

slow learner #56

 

Keep Calm

 

and

 

Carry On

 

 

The British Goverment (1939)

 

 

 

 

師走でございます。だからというわけでもないのですが、今月は、”はっぴいえんど” のデビュー・シングル「12月の雨の日」を取り上げました。鈴木茂さんのギターが炸裂するイントロがとにかく最高です。一度ちゃんと弾いてみたかったのだ。なにとぞ許していただきたいのだ。

 

 

テンポを落とした、よりヘビーな演奏のアルバム・バージョンもよいのですが、やはりこの曲は大瀧さんの12弦ギターが活躍するシングル・バージョンでしょう。ただ、どちらにも思い入れがあるので、今回は自分の好きな部分をパッチワークしました。細かすぎて伝わりませんか。そうですか。

 

 

”はっぴいえんど”といえば Buffalo Springfield からの影響というお話になるわけですが、冒頭のAmからC-GをはさんでDに着地するコード・リフの元ネタは、おそらく Buffalo の『Last Time Around』に収められている「Questions」あたりではないかと思います。いかにもスティーブン・スティルスらしいドリアン・モードの響きが聴ける曲ですが、こちらはDからはじまってAm-C-Gと展開します。これをひっくりかえしてAmはじまりにした時、大瀧師匠は「バッファローがわかった」のではないでしょうか。

 

 

そしてそこに、並みのギタリストならばAmペンタでブルースの真似事をしてしまうところを、「これはドリアンの曲なんだ」ということを完璧に理解した鈴木茂さんのメロディックなギターが乗っかった時、この名曲が誕生したのですね。当時二十歳そこそこの茂さんが、そこまで楽理を理解していたかどうかはわからないのですが、なんだかわからないけど出来てしまうのが天才というものなのでしょう。

 

 

ワイルドなテーマ部分とフォーキーなバース部分とのバランスもユニークです。バースからは、大瀧さんのルーツのひとつである、初期ビージーズ的な叙情性も見え隠れしています。後の『A Long Vacation』での成功を予見させる、大瀧師匠の歌手としてのポテンシャルの高さを感じます。ほんとうに唄の上手い人でした。

 

 

今年も、駄文に一年間おつきあいありがとうございました。

稀少な閲覧者のみなさま、どうかよい年末年始をおすごしくださいませ。

このつづきは満月の夜に

2017.11.04 Saturday

slow learner #55

 

「しかしこれからは日本も段々発展するでしょう」

 

と弁護した。

 

すると、かの男は、すましたもので、

 

「亡びるね」といった。

 

 

夏目漱石

『三四郎』

 

 

 

 

今月の slow leaner はタツロー・ヤマシタ・スタディーズにもどって、1983年のアルバム『メロディーズ』からB面3曲目、”あしおと”であります。難波弘之さんが奏でるハモンド・オルガンの響きが印象的な、ファンの間では隠れた人気曲です。アルバムの中では、”メリー・ゴーラウンド”、”Blue Midnight”と来た流れを、”黙想”〜"クリスマス・イブ”へとバトンをつなぐ重要な役割を果たしています。地味なんだけど、この曲があるのとないのとでは大違い。野球選手でいうと、巨人の川相とか、ヤクルトの宮本みたいな。たとえが古いですか。そうですか。

 

 

達郎さんのギターはむずかしいことは何もしていないのですが、かゆいところに手が届く、ツボを押さえた演奏です。いつもの的確なリズム・カッティングだけでなく、クリーン・トーンによるリード・プレイもぐっときます。Staxのスティーブ・クロッパー、Hiのティーニー・ホッジス、American Soundのレジー・ヤングといったメンフィスやナッシュビルのスタジオ・ミュージシャンからの影響を感じさせる、訥々としたプレイが曲想にベスト・マッチ。こういういなたいギターって、簡単に弾けそうでなかなか弾けないんです。憧れます。

 

 

 

2017年もあとわずかです。季節の変わり目、体調管理にお気をつけくださいませ。

このつづきは満月の夜に

2017.10.06 Friday

slow learner #54

 

我々の生活に花が必要ならば、なぜですか?

 

 

その理由ははっきりしています。「花はしおれる」、「花の命は短い」からです。

すぐに死んでしまうもの、そいうものを僕たちは必要としてるんです。

 

 

加藤典洋

『考える人生相談』

 

 

 

 

10月の slow learner は、ニック・ロウの "Cruel To Be Kind" をとりあげてみました。

バックはもちろん言わずもがなの、泣く子もニッコリ、ロックパイルの面々。

ビリー・ブレムナーのギター、大好きです。

 

 

学生の頃、やりたくてもむずかしすぎて実現しなかったロックパイルのコピー・バンド。

ひとりぼっちのスタジオ状態で頑張らさせていただきました。よろしかったらどうぞ。

 

 

ゆくゆくはニック・ロウみたいな白髪のおじいさんになりたいなあ。

などとたわいもないことを考えているうちに秋は深まってゆくのであります。

 

 

このつづきは満月の夜に

 

2017.09.06 Wednesday

slow learner #53

 

「なぜなら、なんの疑問も抱かずひたすら従うなんて

 

心のない人間にしかできないことだ」

 

 

映画『Pan's Labylinth』

 

 

 

 

 

今月はなぜか唐突にエリック・クラプトン。1971年、デレク&ザ・ドミノスの『いとしのレイラ』からA面1曲目 " I Looked Away" です。ストラトの音作りとギターの練習のためにやってみたら、思ったよりもうまくいったのでかたちにしてみました。クラプトンのチョーキング・ヴィブラートはやっぱりきれいですね。とてもとてもあんな風にはいきません。ピッチのあまいところは何卒大目にみてくださいませ。

 

 

C-Dadd9-G7と来て、E7-Amを挟んでF-D7(onF#)-Gという、綺麗なコード進行。G7の押さえ方がちょっとした肝になってまして、6弦オミットの5弦から2フレ、3フレ(もしくは開放)、開放、3フレ、1フレといった並びです。3度ルートのG7みたいな解釈です。サビのAm7-B♭sus4の動きも、B♭のベースがFで、B♭sus4(onF) とオープンな響きになっているのがさりげなくよいかんじです。このパートはあまりギターっぽくない発想なので、おそらく鍵盤を担当している共作者ボビー・ウィットロックのアイデアなんだと思います。

 


このアルバム『Layla... and assorted love songs』が、名曲「いとしのレイラ」を筆頭に、当時ジョージ・ハリスンの奥方だったパティ・ボイドに捧げられているのはあまりにも有名なお話。基本的には、親友の妻への道ならぬ恋の喜びと苦しみとの間で引き裂かれる葛藤を唄っています。この ”I Looked Away" もざっと意訳すると「彼女はいつも気持ちを伝えようとしてくれていたのに、俺はそれに気づかなかった。彼女が去ってはじめて自分がどんなにさみしい男かに気づくなんて、俺はなんて愚か者なんだろう」といったような内容です。クラプトンみたいな二枚目が唄うと、ま、これが絵になるわけです。

 

 

注目すべきは二廻り目のサビの歌詞です

 

 

And if it seemed a sin
To love another man's woman, baby,
I guess I'll keep on sinning
Loving her, Lord, till my very last day.

 

 

ここでの "another man's woman" が指し示すのは、端的にパティ・ボイドのことです。「もし、他人の妻である彼女を愛することが罪だというのなら。神よ、私はいまわの際まで罪人であり続けるだろう」というこの感動的なラインに、パティもほだされてしまったわけですが、すこし見る角度を変えてみると、この "another man's woman" は「ブルースやゴスペルといった黒人音楽」のメタファーとしても聴こえてこないでしょうか?

 


ね、そう解釈すると、この歌詞は彼の現在にいたる音楽人生の歩みそのものじゃないですか。「白人である自分がブルースを演奏することが、ブルースを黒人から奪うことだとしても、俺はその罪を背負ってブルースを死ぬまで愛し続けるのだ」という、彼の決意表明のように私には聴こえます。クリーム、ブラインド・フェイスを経て、本当の意味で自分を表現できる音楽スタイルにたどりついた、クラプトンの充実した心境も反映していたのかもしれません。アルバム『レイラ』各曲をたんねんに聴きなおすと、その静かな決意が全体の隠れたテーマにもなっていることがわかってきます。このアルバムはもちろん、ラブソング集としてもすぐれているわけですが、色恋沙汰の苦しみをこういった実存的葛藤のレベルまで昇華できたからこそ、現在にいたるまでわたしたちをひきつけてやまないのです。

 

 

私生児として生まれ、祖父母を両親として育った複雑な生い立ちも影響しているのでしょうか。クラプトンは常に「運命に引き裂かれる状況」にある時、傑作をものしてきたように見えます。そのことが、「ゴシップねたで商売する人」といった批判をまねいたりもしました。ですが、「引き裂かれたもの」として運命に立ち向かう彼の姿は、人間がどうしようもなく人間であることの、ある「本質」を突いています。それがわれわれ聴き手の無意識を揺さぶるのです。クラプトンがこんなにも愛されてきた理由のひとつがそこにあるような気がします。

 

 

たとえ最終的にはその運命を受け入れるしかないのだとしても、神が定めた運命にあらがう者。それが人間です。「永遠に矛盾の中で引き裂かれる者」それがわたしたちの名前なのです。

 

 

このつづきは満月の夜に

 

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