2018.12.04 Tuesday

slow learner #69

 

"Music is life,

 

Life is not a buisiness."

 

 

イギー・ポップ

from R&R Hall Of Fame's speech (2010)

 

 

 

 

 

 本年最後の slow learner もタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。1980年のシングル "Ride On Time"にトライ。オリジナルの持っている疾走感をなんとか再現したいと思いながら演奏いたしました。現時点で自分なりにベストは尽くせたと思います。唄はまあ、あれですけども(汗)、太く鷹揚に御笑覧いただければ幸いでございます。何卒。

 

 

 超タイトなリズム・セクションの魅力もさることながら、こうやってあらためて細かく聴きなおすと、イントロのカリンバが非常に印象的ですね。私のソフトシンセだと、カリンバ単体では感じが出なかったので、マリンバの音と混ぜてなんとかニュアンスを近づけるようにしてみました。達郎さんはブラバンあがりのせいか、こういったちょっとした打楽器の使い方が本当に上手だと思います。この曲でも、クラベスやトライアングルが隠し味的に使われていて、曲全体を引き締めています。

 

 

 さて、少数精鋭の閲覧者のみなさまに支えられてまいりました当ブログも、今回で一旦区切りといたします。アーカイブも年内で閉鎖する予定です。Youtube への動画のUpは、今のところ続けるつもりでおりますので、またどこかでお会いできればと思います。ありがとうございました。

 

 

 2019年、閲覧者のみなさまのご健勝、ご活躍を心よりお祈り申し上げます。

 

 

2018.11.23 Friday

slow learner #68

 

人生は歯医者の椅子にすわっているようなものだ。

 

さあさあこれからが本番だと思っているうちに終わってしまう

 

 

オットー・フォン・ビスマルク

 

 

 

 

 

 タツロー・ヤマシタ・スタディーズ。今月は1980年のアルバム『Ride On Time』から "My Sugar Babe"にトライ。難波弘之さんの生ピがさりげなく素敵。とにかく大好きな曲に恥じないよう、心を込めて全パートやらせていただきました。技量が足りていないところはその心意気に免じて、どうぞお許しのほどを。よろしかったらどうぞ。

 

 

 小品ですが、自らのバンド Sugar Babe へのオマージュを捧げた、タツローさんのキャリアの中でも重要な一曲ですね。蛇足を承知の上で言わせていただくと、山下達郎の歌詞における重要なモチーフのひとつでもある、『イノセンスの喪失』がテーマになっています。

 

 

 わたしたちは自らのイノセンスを、「今そこにあるもの」として手につかむことはできません。

 

 

 ”それ” は、”それ” が過ぎ去ったあと、「今となってはそれは失われてしまったが、『かつてたしかにそれは存在したのだ』と私には感じられる」という形で、わたしたちに訪れます。いや、どこからかもたらされると言ったほうが正確かもしれません。"それ" は失ったものと引き換えに、ギフトとして、或る日そっと送り届けられます。

 

 

 それは美しくも残酷な贈り物ですが、そんな贈り物こそが、寒い夜にわたしたちのおぼつかない足下を照らし、こごえた手を温めてくれる小さな灯りなのです。

 

 

 年末に向けて何かとあわただしくなってまいります。閲覧者のみなさま、お体ご自愛の上お過ごしくださいませ。

 

2018.10.25 Thursday

slow learner #67

 

Life can only be understood backwards;

 

but it must be lived forwards.

 

人生は、後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない。

 

 

セーレン・キルケゴール

 

 

 

 

 秋も深まる10月はオクトーバー・カントリー。閲覧者のみなさま、お変わりありませんでしょうか。さて、相も変わらず Slow Learner はタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。今回は1979年のアルバム『Moonglow』から「永遠のFull Moon」です。「Let's Dance Baby」パート2みたいなリズム・アレンジが心地よい佳曲ですね。

 

 

 ブラスにストリングスまで、編成が大きいのでまとめるのは結構大変でした。例によってひとりであれこれやっておりますが、特にコーラス・パートは、吉田美奈子さんの音域が出なくて(あたりまえだっつーの!)かなり苦戦しております。なにとぞ大目にみてくださいませ。

 


 ニュースを見聞きしていると、アメリカの中間選挙に向けて、世界中何かと騒がしくなってきていますね。どうやら、軍事や金融の世界秩序が大きく変わりはじめているような印象を受けます。とにかく、100年〜200年のスパンで見た時、わたしたちが大きな歴史の転回点に立ち会っていることだけは間違いありません。日本人もいつまでも冷戦脳のままでは、右も左も時代に取り残されてゆくだけでしょう。耳を澄ますと、祇園精舎の鐘の声が風に乗ってどこか遠くのほうから聞こえてくるような秋の宵であります。

 

 

2018.09.25 Tuesday

slow learner #66

 

"There is strong shadow where there is much light."

 

光が多いところでは、影も強くなる

 

 

ヨハン・ウォルフガング・ゲーテ

 

 

 

 

 ようやく朝晩涼しくなってまいりました。タツロー・ヤマシタ・スタディーズ、今月は Sugar Babe 時代の”夏の終りに” 。御本人もCDのライナーノーツで言及されていますが、とにかくコーラスが意味もなく複雑!ところどころかなりクローズになる、こんなハーモニーを演奏しながら唄わされていたかと思うと、大貫妙子さんと村松邦男さんのお二人には心から同情いたします。やりやすいようにオリジナルとは少し変えて、なんとかやってみました。よろしかったらどうぞ。

 

 

 さて、リバーブのお話し。80年代の山下達郎&吉田・エンジニア・保作品には、かなり深くリバーブがかかっています。たとえば、有名な「Sparkle」のあのイントロのギター・カッティングにしても、パッと聴いた印象は非常にタイトなのですが、よく聴くとかなり長めのリバーブがかかっていることが確認できます。これを単純に真似して、とりあえずギターにリバーブをぐぐぐっとかけていっても、なかなか「あのかんじ」にはなってくれません。

 

 

 『リバーブは深くかかっているんだけど、サウンド全体の輪郭はくっきりとソリッドな手触り』という二律背反をどうやったら実現できるのか?憧れの山下達郎&吉田保サウンドに近づくために、あーでもないこーでもないと試行錯誤しているわけなのですが、とりあえず現時点でポイントを2つあげることができます。

 

 

1. ふたつのリバーブ(「奥に引っ込むリバーブ」と「前に広がるリバーブ」)を使い分ける。

2. リバーブ成分の低域(Low)をカットする。

 


 こもった音は遠くに聞こえますし、抜けのよい明るい音は近くに聞こえます。こういった聴覚上の錯覚を利用して、リバーブを使い分けてゆくわけです。使用するリバーブは長め(ReverbTime/2.0〜3.0secくらい)のプレート・リバーブ。私は Logic 内蔵の Space Designer に入っている "Nice Reverb" や "R&B Reverb" をよく使います。Space Designer はEQが付いている上に、サンプル・レートをいじることで音色を変えられるので便利。これで、同じ1つのリバーブからさまざまな音色のリバーブを作ることが出来ます。

 

 

 個別のトラックにはサンプル・レートを落とした、少しこもった音色のリバーブを使います。これならリバーブの量を増やしていっても、リバーブ臭さを聴感上押さえることが出来ます。ただ、やはり深くかけていくと低域がモコモコしてくるのが悩ましいところ。ここで、実音ではなくリバーブ成分の方をロー・カットしちゃいます。だいたい200Hkzあたりからシェルビング。どれくらいカットするかはケース・バイ・ケースですが、とりあえず10dBくらい切っておいたほうがMixしやすいので、思い切ってバッサリやっちゃって後から調整します。この少しこもったリバーブはコンプの前にかけてやることも、ちょっとしたコツです。そうすることで密度の濃いリバーブ空間が”実音の後ろ”に広がっているかんじを演出できます。

 

 

 他のEQポイント、たとえば3kHzあたりを少し持ち上げてギターを目立たせたいとか、5kHzから上を持ち上げて少し透明感を足したい、または逆に少し押さえてアナログ感を出したいといった場合も、実音を一生懸命いじるより、リバーブ成分を少しEQしてやるほうが自然に仕上がる場合も多いです。もちろん、全体的な音の傾向を決めるのは実音なんですが、「ほんのちょっとニュアンスを変えたい」場合に、リバーブ成分をいじってみることは非常に有効だと思います。

 

 

 もうひとつはアンサンブル全体にかけるトータル・リバーブです。これで前に広がるかんじを演出します。サンプル・レートは落とさず、Hi-Fiな明るい音色を使います。リバーブ感が強いので、うっすらかけて全体をなじませるくらいに。このリバーブも、ドラムやベースにかかりすぎないように、200kHzから下を3〜5dBカットしておきます。これはコンプの後ろになるわけです(もちろん、最終的にリミッターやマルチバンド・コンプを使ってマスタリングすることにはなりますが)。

 

 

 実際に吉田保さんがどうやっているのかはわからないのですが、この音色の違う二種類のリバーブを組み合わせる「リバーブの二段掛け」は結構使える方法です。こんなふうに立体的に音をとらえて、メリハリを付けてリバーブを組み合わせてかけていくことで、まだまだ試行錯誤中ですが、かなり「あの感じ」に近づくことが出来るようになってきました。

 

 

 実音とリバーブの関係は、”実体”と”影”の関係に似ています。”実体”が無ければ”影”は存在できませんが、”実体”のほうも”影”抜きで存在することはできません。サウンドを作る上では、ふたつを「対峙する別々のもの」としてバラバラに捉えるのではなく、「ふたつで一体のもの」と捉えてバランスを取っていくような、「一歩引いて全体を俯瞰する視点」が非常に大切になってくると思います。

 

 

2018.08.26 Sunday

slow learner #65

 

駄目な詩人がいっそう駄目になるのは、詩人の書くものしか読まぬからである

 

(駄目な哲学者が哲学者のものしか読まないのと同じことだ)。

 

植物学や地質学の本の方が、はるかに豊かな栄養を恵んでくれる。

 

人は、自分の専門を遠く離れたものに親しまないかぎり、豊穣にはなれない。

 

 

エミール・シオラン

『生誕の災厄』

 

 

 

 

 

 この夏はずーっとタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。1980年のアルバム『Ride On Time』より、"Daydream"。以前トライしたときは不本意な仕上がりだったので、再挑戦。例によって例のごとく、ひとりぼっちのスタジオ状態で地味にやっております。よろしかったらどうぞ。

 

 ドラム、ベース、エレピ、ギターの4リズムに、3管のホーンが加わった比較的シンプルな編成です。ライブで映えるタイプの曲ですね。ここでもパーッカションの隠し味が非常に効いています。特に、左側9時の位置に、聴こえるか聴こえないかくらいに入っているカウベルのような音(私はアゴゴ・ベルを使いました)がミソ。夏の日の一瞬のカラフルな心象風景を切り取った、吉田美奈子女史の秀逸なリリックとあいまって、まるで光の乱反射のような効果を生んでいます。

 

 達郎さんのギターは、おそらく最低でも3トラックは使っていると思われます(私は4トラック使いました)。イントロやヴァースで聴ける左側9時のリズム・ギター・パートは、聴き取りにくいですが、おそらく10フレット辺りで弾いたフレーズと、15フレット辺りで弾いたフレーズを重ねているんだと思います。こういったミニマムなギター・パートを組み合わせて、スペースを活かしながら広がりのあるサウンドを作るのは、ナイル・ロジャースなんかも得意としていた手法ですね。まさに『Less Is More』のお手本のような演奏です。


 

 さて、タツロー・ヤマシタ的ギター・サウンドというお題ですが、とりあえずどうしても必要なものは、テレキャスターとフェンダーのピックでしょうか。テレキャスターも細かく言い出すと色々あるのですが、そのへんを掘るのは本稿の主旨ではありません。この際、シングルP.U.のものであれば、材とか年式とかは無視してよいと思います(ちなみに達郎さんの例のブラウンのテレキャスターは1978年製。ボディーはアッシュ、ネックはローズ指盤のタイプですね)。

 

 ピックはフェンダーじゃなくてもよいですが、セルロイド製のもののほうが他の材質のものより近いニュアンスにはなると思います。達郎さんは、おむすび型のMediumタイプを使っておられるそうですが、カッティングだけなら Thinのほうが力を抜きやすくて、よい結果が得られやすいでしょう。そのへんは好みです。あと、達郎さんの使用弦はダダリオの0.10 - 0.46ですが、まあ、これはこだわりたい人だけこだわればよいんじゃないでしょうか。

 

 達郎さんのギターは基本ライン直なので、あとはシールドを卓につなぐだけ。というわけで、わたくしのLogic内蔵アンプシュミレーターの基本セッテイングはこんなかんじ。

 

 

 

 

 アンプ・タイプはClean Tube Amp、スピーカーはDI-Box、EQモードはBritish1。BassもMIdも0です。結構思いきったセッティングに見えるかもしれませんが、色々試した結果、この組み合わせが私のテレキャスターとは相性が良いようです。このうしろにコンプとグライコがつづきます。コンプは深くはかけず、頭を揃える程度。グライコで、200Hzあたりから鍵盤との兼ね合いを見ながらシェルビング、1kHあたりも唄との距離を考慮してうすく削っておきます。ベースやキックとぶつからないように、100Hz以下はさらにばっさり切ることもあります。

 

 あとは曲調や楽器編成によって微調整です。たとえば、今回の「Daydream」の場合だと、鍵盤がフェンダー・ローズだけで生ピが入っていない分、中域のガッツが足りないので、最終的にMid は1.5 に上げました。さらに、異なるギター・パートを左右にかなり振り切って定位させているため、そのままだとセンターの音に比べて引っ込んでしまってステレオ感に欠けると判断して、あとからグライコで1.2kHzあたりを1dB持ち上げたりしています。

 


 ただ、こうやって実音をEQしていくと、どうしてもやりすぎてしまうことがあります。結果、サウンド全体のシェイプが崩れてしまいます。2Mixの決まった枠組みの中では、すべては互いに相関していますから、「目がちいさいから、二重にして大きくしました」式のやり方だけでは(そういった方法もWorkすれば結果オーライなんですが)、どんどん全体のバランスが狂っていくだけなんですね。

 

 たどりつきたいサウンドに近づくためには、音を単体ではなく、「シルエットや背景も含めたイメージ全体」として捉える一歩引いた視点が大切になってきます。実音のかたちを直接変えるだけではなく、それに当たる光の角度を変えたりして陰影をコントロールすることでも、全体の印象はガラッと変わってくるのです。これは、女性のメイク・アップの考え方なんかにも近いかもしれません。

 

 で、最近おぼえたのが、リバーブ成分をEQするという方法なんですが、つづきはまた次回。

 

 

2018.07.28 Saturday

slow learner #64

 

"頭のいい人は学ぶのが好き

 

馬鹿は教えるのが好き"

 

 

ロシアの諺

 

 

 

 

  閲覧者のみなさま、暑中お見舞い申し上げます。今月もひきつづきタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。1980年のアルバム『Ride On Time』から”いつか(Someday)”。伊藤広規氏のスラップ・ベースと、簡潔にして要を得たホーン・アレンジが秀逸な名曲ですね。例によって一人でしこしこやっております。コーラスなど、かなり悪戦苦闘しておりますが、よろしかったらどうぞ。

 

 

 さて、予告通りこれからしばらくタツロー・ヤマシタ的なギター・サウンドについて、よしなしことをつらつら書いていこうと思うのですが、その前に総論めいたことを少々。あくまで私の体験と偏見に基づく極私的見解ですが、16分のギター・カッティングに限らず、ギターを弾く際には、「やってはいけないこと」がざっくり言って三つあります。

 

 

1.力をいれちゃダメ

2.スペースを埋めちゃダメ

3.コントロールしようとしてはダメ

 

 

 1.は、初心者が最も落ち入りがちな失敗と言ってもいいでしょう。わたくしにもおぼえがあります。リズムだろうがソロだろうが、演奏がうまくいかない理由は大抵これ。「力むこと」です。

 

 どんな楽器にも、一番音が響くポイントがあります。それを無視して力まかせに自分の気持ちだけで突っ走ってもダメ。特に録音では、必ず失敗します。気持ちはジミヘン、レイヴォーンのつもりでも、リズムはよれよれ、音はペンペン、おまけに抜けが悪くてミックスもうまくいかない。なんつーのはよくあるお話です。

 

 たとえば、どんなにあなたが身が焦がれる程誰かを好きだったとしても、相手があなたを好きになってくれなければ恋は成就しませんよね。楽器も一緒。まずは相手の身になって、関係を築く努力をすることが重要です。もちろん、だからといって必ずうまくいく保証はないですよ。大抵は「いい人」止まりがよいところでしょう。それはそれ、これはこれ。大事なのはきちんとしたプロトコルに則って楽器に接することです。

 

 

 2.は、演奏面とサウンド面、ともに重要です。リズム・ギターは単体でどんなにかっこよくても、アンサンブルの中で機能しないと意味がありません。ドラム、ベース、鍵盤、ギターといったオーソドックスな4リズムなら、他の楽器の音域を邪魔せず、相手を引き立たせようとプレイすることが、結果的に自分の演奏が引き立つことにつながります。タツロー・ヤマシタしかり。ナイル・ロジャースしかり。基本は "Less is more. "です。

 

 

  3.は演奏する時の ”State of mind” にかかわります。端的に言って、「グルーヴ」とは何か?それは、「今・ここ」に「ある」ことです。「それ」を追っかけてしまったら最後、永遠に「それ」が手に入ることはありません。

  

  もしもあなたが、意識を中枢とした中央集権的なシステムで考え、一方的に手足をコントロールすることで『グルーヴ」をつかまえようとするならば、その試みは不可避的に失敗するでしょう。なぜなら、この考え方には、構造的な「遅れ」があらかじめ組み込まれてしまっているからです。つかまえようとした時にはもうおそいのです。

 

 権限を中枢に集約するシステムは、あらかじめ正解が分かっている時には非常に有効です。例えば、途上国の経済発展モデル。目的も手段も非常に明確です。日本でいうなら、明治期の殖産興業や戦後の高度経済成長みたいなものです(え、音楽と関係ないって?音楽も経済も人間の活動の集積という意味では同じですよ)。けれども、「グルーブ」には決まった答えはありません。どこかに正しい本当の「グルーブ」があるわけではない。それは「今・ここ」で、あなた自身が関係性の中から正解を作り出す営みなのです。

 

 では、そういったトップダウン的なシステムとは逆に、脳、体幹、肩、腕、肘、手首、ピック、弦、ギター、各々が中枢であり末端であるような、互いにフィードバックし合うネットワークを作れたらどうでしょう?そうしたら、わたしたちは「グルーブ」をつかまえる必要はありません。なぜなら、「それ」は「今・ここ」に「ある」からです。そうしたネットワークがはたらく場・関係性こそが、「グルーブ」を生み出す源泉なのです。

 

 そのためには、基礎的なトレーニングによって演奏のための筋力を養う必要があり、かつそれをあえて使わずに「力を抜く」ことを学ぶなければなりません。「力を抜く」のは、無理な負荷が一カ所に集中することを避けるためなのです。こうしたネットワーク的な考え方は、もちろん他の楽器やプレーヤーとの関係においても有効です。上意下達ではなく、フィードバックが起こるためには、互いのスペースが確保されなければなりません。三つはつながっているのです。

 

 

 なんだかえらそうなことを長々と書いてしまいましたが、次回は2.の観点から、特にギターのEQやリバーブといったサウンドづくりについて、すこしメモしてみたいと思います。 

 

 

2018.06.28 Thursday

slow learner #63

 

"The line it is drawn, the curse it is cast

 

The slow one now will later be fast

 

 the present now will later be past

 

The order is rapidly fadin'.

 

And the first one now will later be last

 

For the times they are a-changin'."

 

 

ボブ・ディラン

『The Times They Are a-Changin'』(1963)

 

 

 

 

 

 激しく動いてますね、世界。アメリカはこれからモンロー主義的になってゆくでしょうし、EUはかろうじて統合を保ちつつ、内部では国民国家が分解し始めるでしょう。東アジアも中東も、これからがらっと変わってゆきそうです。もうすでにきざしはありますが、20世紀の常識は21世紀の非常識だということが、これからますますはっきりしてくるのだと思います。ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。たあ〜いむすであ〜あちぇいんじん。

 

 

 そんな世間の喧噪から遠くはなれて、相も変わらず蚊帳の外からマイペースでお届けする slow learner。今月もひきつづきタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。1984年のアルバム『Big Wave』から “Magic Ways" の巻。

 

 

 山下達郎アレンジでは、パーカッションなど、ちょっとした飛び道具的な楽器が非常に効果的に使われます。この曲ではウッドブロックやカウベルに加えて、オートハープというちょっと変わった楽器が印象的に使われています(右チャンネルから聴こえてくるキラキラした音がそれです)。タイトルからピンとくる方にはすぐわかると思いますが、これは明らかに Lovin' Spoonful の1965年のヒット曲、 "Do You Believe In Magic" へのオマージュですね。

 

 

 え、オートハープって何?ラヴィンスプーンフルって誰?うーん、遥か銀河系の彼方、60年代の米国、ニューヨークはグリニッヂヴィレッジに、ジョン・セバスチャンという眼鏡のお兄さんがおりまして...。

 

 

 

 

 さすがにオートハープの音はソフトシンセにも入っていませんので、ハープシコードの音をいじってそれっぽい音をつくってみました。達郎さんの音楽には、こういった「わかる人にはわかる」暗号が散りばめてあって、それを見つけるのもポップスファンにとっては秘かな楽しみのひとつなのです。近年の音楽シーンでは、こういった「本歌取り」のような手法で音楽への愛情をさりげなく示すミュージシャンが、めっきり少なくなったような気がします。どんな表現でも「個性が大事」なことに異論はないのですが、その「自分らしさ」というのものは、「他者の存在」によって支えられているものなのだという視点は忘れてほしくないですね。

 

 

 それにしても、イントロから鳴り響く達郎さんのシャープなギター・カッティングはお見事。ここ数年自分なりに試行錯誤してきて、カッティングについてはそれなりにノウハウがたまってきたので、次回からタツロー・ヤマシタ的なギター・サウンドにするためのポイントをいくつかまとめてみようと思います。

 

 

2018.05.29 Tuesday

slow learner #62

 

We do what we're told

 

We do what we're told

 

We do what we're told, told to do

 

 

ピーター・ガブリエル

『We Do What We're Told (Milgram's 37)』(1986)

 

 

 

 


 ミルグラム博士のアイヒマン実験を地で行く平成大日本国をサバイブしておられます閲覧者のみなさま、お元気でいらっしゃいますでしょうか?今月の slow leaner は、本筋に戻りましてタツロー・ヤマシタ・スタディーズ。1980年のアルバム『Ride On Time』からB面4曲目の「雲のゆくえに」

 

 

 70年代シカゴ・ソウル・マナーのシャッフル感が心地よい佳曲です。カーティス・メイフィールドの「Back To The World」あたりを連想させるリズム・パターンに乗って、タツローさん伝家の宝刀のファルセットが響きます。例によって、全パート頑張らさせていただいております。つたないファルセットはどうか大目に見てくださいませ。よろしかったらどうぞ。

 

 

 山下達郎、青山純、伊藤広規の鉄壁のリズム・セクションに加えて、キーボードは佐藤博さん。アルバム『Ride On Time』では、この「雲のゆくえ」でのフェンダー・ローズと、「Rainy Day」での生ピ、どちらも見事な演奏が堪能できます。うねるような白玉のグルーブ感と、合間に入るちょっとしたオブリで曲のムードを決定づけてしまう卓越したセンスが、鍵盤奏者としての佐藤さんの凄いところ。わたくしの技量では通して演奏するのは無理なので、セクションごとに毎日ちょっとずつ、ちょっとずつやりました。

 

 

 「超タイトなんだけどスウィングしている」という、青山純&伊藤広規のリズムセクションの特質がよくわかる、タツロー・ファンにとっては地味ながら重要な一曲なのであります。この不世出のリズム隊を得ることで、60sポップスからファンクまで様々な要素のアマルガムである山下達郎の音楽が、統一した質感をそなえることが可能になったのがこの時期。エンジニア・吉田保とのタッグとあいまって、一気にタツロー・サウンドは確立されます。ここから1984年の『Big Wave』まで怒濤の黄金時代がはじまるわけですね。

 

 

いやー、平成も終わるし、80年代もすでに歴史です。「降る雪や 昭和は遠くなりにけり」ですな。

 

 

え、雪なんか降ってない?うむ、「季違いじゃがしかたがない」って、誰が佐分利信やねん!

わっかるかなあ、わっかんねえだろうなあ ... 。昭和ですみません。んがんん。

 

 

 

2018.04.30 Monday

slow learner #61

 

Honesty is such a lonely word

 

Everyone is so untrue

 

Honesty is hardly ever heard

 

and mostly what I need from you

 

 

ビリー・ジョエル

『Honesty』(1978)

 

 

 

 

 風薫る季節でございます。わたくし最近めっきり退行が進んでおりまして、暇さえあれば子どもの頃の音楽ばかり聴き呆けております。今回取りあげたのは、杉真理さんの1982年のシングル、『バカンスはいつも雨』です。当時CMに乗ってTVから流れて来た、そのマージー・ビートへのオマージュにあふれたサウンドは、子ども心にも強いインパクトがありました。SE以外は、例によって全パート頑張ってみました。よろしかったらどうぞ。

 

 

 杉さんは以前インタビューで、「ビートルズとかもう古いよとか、もっと売れ線を狙おうとか、余計なこと考えずに、自分が大好きだった音楽からの影響を隠さず正直にやるのが結局一番大事」といった主旨のことをおっしゃっていました。BOXやピカデリー・サーカスとしての活動含め、現在までその姿勢はまったくぶれていませんね。どんなに年を重ねても杉真理の音楽がいつまでも瑞々しいのは、そういった、自分にウソをつかない「正直さ」をキープし続けているからだと思います。それがファンに対する誠実な態度にもつながっているのでしょう。なかなか出来ることではありません。おなじみのおやじギャグも含めて尊敬いたします。

 

 

閑話休題

 


 人間に出来て人工知能に出来ないことというのがあって、それは「ウソをつくこと」なんだそうです。ことほど左様に「ウソをつく」ことはきわめて人間的な営みなのであり、だからこそ、わたしたちは子どもの頃から「ウソをついてはいけない」と教えられるのです。もしも、みなが欲望のままにウソをつきはじめたら、この社会はもちません。共同体を回していくためには、道義的な意味だけではなく、功利的な観点からも「ウソをつくこと」はタブーなのです。

 


 もちろん、人はウソをつきます。ウソも方便であります。全部ホントばかりだったら息苦しい。人が人であるためには、時にウソをつかなければならない。だからこそ、「自分を大きく見せるためのウソ」や「我が身を守るためだけのウソ」は、極力つつしまなければなりません。ちょっとしたウソを誤魔化すために、新しいウソをつく。そのウソがまた別のウソを呼ぶ。自分でもどこまでが本当で、どこからがウソだったのかわからなくなって、気がつくと雪だるまのようにふくれあがったウソに崖っぷちまで追いつめられている。そんな「ウソの無限ループ」に落ち入らないためにも。

 

 

 「ウソをついてその場を切り抜ける」とか、「とりあえず強弁して勝ったようにみせる」というのは、タコが自分の足を食っているようなものです。本邦エスタブリッシュメントたちの惨状を見るにつけ、「正直であること」、さらに言えば「正直でいられるような環境を作るよう努めること」が、じつは最大のライフ・ハックなのだなとつくづく思います。

 

 

2018.03.31 Saturday

slow learner #60

 

未来へ、あるいは過去へ。

 

思考が自由な時代、人が個人個人異なりながら孤独ではない時代へ。

 

真実が存在し、なされたことがなされなかったことに改変できない時代へ向けて。

 

画一の時代から、孤独の時代から、ビッグブラザーの時代から、二重思考の時代から

 

ごきげんよう

 

 

ジョージ・オーウェル

『1984』

 

 

 

 

 2018年、日出づる「美しい国」からごきげんよう。ダブルスピークの国からごきげんよう。

戦争は平和です。自由は隷従です。改竄は書き換えです。

 

 

 とはいえ、「あれ」をビッグ・ブラザーにたとえるのは、さすがにオーウェルに失礼かも。そういった印象操作はですね、これはまさに印象操作なわけでありまして、いわばわ、私や私の妻がこれは、もし関係していたと、あの野次はやめていただきたい、野次は、いいですか、いわばレッテル貼りはですね、あたかもわたしが隠蔽したかの、あのですね、まさにないことは証明できない、まさに悪魔の証明なんだろうと、とこう思うわけでございまして、いずれにせよ、いずれにせよですね、対話のための対話ではこれはまったく意味がない、わけでありまして、わたくしは立法府の長、でありますから、国民の生命財産を守り抜く!北への最大限の圧力をまさに、まさに最大限かけつづけていく!に、に、にっきょーそ!にっきょーそ!

 

 

閑話休題。

 

 

 今月の slow learner で取りあげるのは、The Beatles。アルバム『Abbey Road』から "Something"。ジョージ・ハリスンの記念すべき満塁場外ホームラン。3分間の魔法です。ピアノにビリー・プレストンを加えたFAB4の面々の演奏は、まさに「This is it !」としか言いようのない名演です。無駄な音は一音もありません。「この時、アビー・ロード・スタジオで4人はどんな気持ちだったろう?」と考えながら演奏するのは、とてもしあわせな時間でした。オリジナルには百億光年届きませんが、よろしかったら御笑覧くださいませ。

 

 

 ただ今回、全パートチェックしてみて最も感銘を受けたのは、ビートルズにおけるもう一人の「ジョージ」の非凡さです。そう、五人目のビートルズ、プロデューサーのジョージ・マーティン。彼のストリングス・アレンジが、この曲の魅力を何倍にも引き出しています。

 

 

 一般的な第一、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのカルテットに、コントラバスを加えた編成で、単なる繰り返しではなく微妙にラインを変えながら、エンディングに向けて表情ゆたかにクレッシェンドしてゆきます。転調パートのカウンターメロディーや、ギター・ソロのバックでのゆったりとした大きなラインも、すべてがコンボの演奏と有機的に絡み合っていて、その美しさにはおもわずため息です。もちろん、4リズムの演奏だけでも曲の良さは十二分に感じられます。それだけでもたしかに素晴らしい曲なのですが、やはり完成版と比べてしまうと画竜点睛を欠くかんじは否めません。この曲が後世に残るスタンダードに化けるための、ジグソー・パズルの最後のワン・ピースを埋めたのは、やはりジョージ・マーティンだったのではないでしょうか。

 

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